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2005年08月31日
なんとなく、そうなんとなく、ただなんとなく、ここ数日気持ちが沈み気味。誰かに相談して解決するような類のことじゃなくて、面白くないから気持ちが沈んでいるわけでもなくて。
理由は有るようで無い。無いようで有る。もちろんホームシックなんかじゃない。日本には帰りたくない。
もちろん1年間ニュージーランドにいて気持ちが一度も沈まないでいられるなんて思っていなかった。日本にいても時々気持ちが沈むことがあったし、特別な状態じゃない。わかっている。
この状態を解決する方法がいくつかあって、1つは1人でどこかあまり人がいないようなところへ行って、ボーっとする。ボーっとすると言うか、いろんなことを考えたり本を読んだり、ブラブラあてもなく歩いたりする。これは日本にいるときも同じようなことをしていた。明治神宮へ行ったり、多摩川の土手へ行ってボーーっとしたりして、気持ちのバランスを保っていた。
もう1つは彼女がいたら、ギューッとハグをする。こうやって書くと恥ずかしいけど、でも実際ギューッとハグをすると気持ちのバランスを保つことができる。まぁ、でも残念なことに彼女はいないからねぇ。
あとはコレはここ1年でわかったんだけど、動物と少し長めに接すると気持ちのバランスを保つことができる。やっぱり動物ってすごい。
今度の日曜日は友だちとHot Springへまた行く予定だから、土曜日にでも1人でどこかへ行って、ボケーーっとしてこようかな。
でも、今日はその前に夕日がキレイに見えるらしい山の上へ行って夕日を眺めながらボケーッと気持ちの放電と充電をしてこようと思ってます。きれいな写真が撮れたら掲載する予定。
あまり明るい話ではないけれど、記録として書いておきます。
理由は有るようで無い。無いようで有る。もちろんホームシックなんかじゃない。日本には帰りたくない。
もちろん1年間ニュージーランドにいて気持ちが一度も沈まないでいられるなんて思っていなかった。日本にいても時々気持ちが沈むことがあったし、特別な状態じゃない。わかっている。
この状態を解決する方法がいくつかあって、1つは1人でどこかあまり人がいないようなところへ行って、ボーっとする。ボーっとすると言うか、いろんなことを考えたり本を読んだり、ブラブラあてもなく歩いたりする。これは日本にいるときも同じようなことをしていた。明治神宮へ行ったり、多摩川の土手へ行ってボーーっとしたりして、気持ちのバランスを保っていた。
もう1つは彼女がいたら、ギューッとハグをする。こうやって書くと恥ずかしいけど、でも実際ギューッとハグをすると気持ちのバランスを保つことができる。まぁ、でも残念なことに彼女はいないからねぇ。
あとはコレはここ1年でわかったんだけど、動物と少し長めに接すると気持ちのバランスを保つことができる。やっぱり動物ってすごい。
今度の日曜日は友だちとHot Springへまた行く予定だから、土曜日にでも1人でどこかへ行って、ボケーーっとしてこようかな。
でも、今日はその前に夕日がキレイに見えるらしい山の上へ行って夕日を眺めながらボケーッと気持ちの放電と充電をしてこようと思ってます。きれいな写真が撮れたら掲載する予定。
あまり明るい話ではないけれど、記録として書いておきます。
2005年08月24日
先週の火曜日にRotoruaにあるPrimary Schoolへ行って、習字とか折り紙を教えてきたわけだけど(詳しくは「Primary schoolへ行ってきた」を参照)そのあと嬉しい贈り物が届いた。
それはお礼状みたいなもの。Thanks Cardとでも言うのかな。
写真を見てもらうとわかると思うんだけど、子供たちが思い思いにお礼の言葉を書いてくれたもの。中には「Man you are cool」なんて書いてあったり「Thank you for coming 〜」で始まるお礼の言葉があったりする。
そして、自分が教えてあげたカタカナの名前を書いてくれていると、そりゃもう嬉しい。彼ら彼女らのなかでも一生忘れない想い出になってくれたら嬉しいな〜なんて思ったりもする。
今までいろんな人にプレゼントをもらったけど、こういう種類のプレゼントは初めて。一生捨てることのできない大切な宝物ができた。大切に取っておこう。
話は逸れるけど、このプレゼントをもらったあと、なぜか急に初めて付き合った女の子のことを思いだした。そしてその人に初めてもらった手紙のことを思い出した。それは付き合ってからもらった手紙で、そのときの嬉しさとどこか繋がるような気がする。正確には同じ嬉しさじゃないけど、「お金では買えなくて特別な人にもらわないと感じることのできない嬉しさ」という意味では同じ種類の嬉しさだと思う。そしてこういう種類の嬉しさは人生の中で、そんなにたくさん感じることのできない嬉しさだと思う。
次に感じるとしたら、自分の子供からもらうプレゼントとかで、同じ気持ちを感じることができるかもしれない。
そして、その彼女からもらった手紙をどうしたかな?と急に思い出した。捨てたのか取ってあるのか、それすら思い出せないけど。でも、できれば捨ててないで欲しいなと思った。それはその人に対する思いと言うより、そのときの嬉しさを取っておくという意味で捨ててなければいいと思った。
それはお礼状みたいなもの。Thanks Cardとでも言うのかな。
そして、自分が教えてあげたカタカナの名前を書いてくれていると、そりゃもう嬉しい。彼ら彼女らのなかでも一生忘れない想い出になってくれたら嬉しいな〜なんて思ったりもする。
今までいろんな人にプレゼントをもらったけど、こういう種類のプレゼントは初めて。一生捨てることのできない大切な宝物ができた。大切に取っておこう。
話は逸れるけど、このプレゼントをもらったあと、なぜか急に初めて付き合った女の子のことを思いだした。そしてその人に初めてもらった手紙のことを思い出した。それは付き合ってからもらった手紙で、そのときの嬉しさとどこか繋がるような気がする。正確には同じ嬉しさじゃないけど、「お金では買えなくて特別な人にもらわないと感じることのできない嬉しさ」という意味では同じ種類の嬉しさだと思う。そしてこういう種類の嬉しさは人生の中で、そんなにたくさん感じることのできない嬉しさだと思う。
次に感じるとしたら、自分の子供からもらうプレゼントとかで、同じ気持ちを感じることができるかもしれない。
そして、その彼女からもらった手紙をどうしたかな?と急に思い出した。捨てたのか取ってあるのか、それすら思い出せないけど。でも、できれば捨ててないで欲しいなと思った。それはその人に対する思いと言うより、そのときの嬉しさを取っておくという意味で捨ててなければいいと思った。
2005年08月23日
金曜日の夜、同じ学校へ行っている女の子と一緒に、エージェントさんの家に招待されて晩ご飯とお酒をご馳走になった。
久しぶりにお箸を使って、日本らしいご飯(ハンバーグとサラダ、和え物とご飯)を食べて、美味しいワインを飲んで、そして久しぶりに長い時間英語が混じらない会話を堪能した。
こっちに来てHostMotherがフィリピン人だからお米を食べていたわけだけど、正直「お米は美味しくない」とずっと感じていた。不味くはないけど、やっぱり違うなと思っていた。でも、エージェントさんの家で食べたお米はすごく美味しかった。炊飯器(日本製)のせいか、お米の種類のせいかわからないけど、とにかく美味しかった。
ご飯を食べたあとは、「学校を卒業したあとどうしよう」とか「なんでワーホリの人はオークランドかクライストチャーチに行くのか」とかアレコレ話をした。
別にエージェントさんを持ち上げるつもりも、この場で宣伝活動をするつもりもないけど、このエージェントさんを選んで良かったと思った。いろいろ相談にのってもらうこともできるし、何かしたい:たとえばバレエを習いたい(これは僕の例じゃないけど)と相談すれば、その人は知らなくても誰かを紹介してくれたりする。(ですよね?>エージェントさん)
大きな都市の大きなエージェントでは、こうはいかないと思う。
他のエージェントが現地でどの程度のサポートをしてくれるか知らないけど、僕のイメージではここまでしてくれないと思っている。日本にオフィスを構えているエージェントは、電話のみの対応や粗悪な対応をするところもあると聞いたことがある。あと、電話やメールでは良い対応でも、こっちに来たら「あとは適当にどうぞ」と釣った魚にはエサをやらない状態の所もあると聞く。
まぁ、実際に僕が体験したり、直接体験者から聞いた訳じゃないから、具体的なことはわからないけど。
まぁそんなこんなで、すごく楽しかったと言う話でした。
久しぶりにお箸を使って、日本らしいご飯(ハンバーグとサラダ、和え物とご飯)を食べて、美味しいワインを飲んで、そして久しぶりに長い時間英語が混じらない会話を堪能した。
こっちに来てHostMotherがフィリピン人だからお米を食べていたわけだけど、正直「お米は美味しくない」とずっと感じていた。不味くはないけど、やっぱり違うなと思っていた。でも、エージェントさんの家で食べたお米はすごく美味しかった。炊飯器(日本製)のせいか、お米の種類のせいかわからないけど、とにかく美味しかった。
ご飯を食べたあとは、「学校を卒業したあとどうしよう」とか「なんでワーホリの人はオークランドかクライストチャーチに行くのか」とかアレコレ話をした。
別にエージェントさんを持ち上げるつもりも、この場で宣伝活動をするつもりもないけど、このエージェントさんを選んで良かったと思った。いろいろ相談にのってもらうこともできるし、何かしたい:たとえばバレエを習いたい(これは僕の例じゃないけど)と相談すれば、その人は知らなくても誰かを紹介してくれたりする。(ですよね?>エージェントさん)
大きな都市の大きなエージェントでは、こうはいかないと思う。
他のエージェントが現地でどの程度のサポートをしてくれるか知らないけど、僕のイメージではここまでしてくれないと思っている。日本にオフィスを構えているエージェントは、電話のみの対応や粗悪な対応をするところもあると聞いたことがある。あと、電話やメールでは良い対応でも、こっちに来たら「あとは適当にどうぞ」と釣った魚にはエサをやらない状態の所もあると聞く。
まぁ、実際に僕が体験したり、直接体験者から聞いた訳じゃないから、具体的なことはわからないけど。
まぁそんなこんなで、すごく楽しかったと言う話でした。
2005年08月18日
Primary schoolへ行ったその日の夜、HostMotherの友達の家へ晩ご飯を食べに行った。最初はただご飯を食べに行くのかと思っていたけど、実際はそうじゃなかった。
HostMotherの友達の旦那が2年前に亡くなって、そのanniversaryだったようだ。だから、最初ある程度人が集まったあとでお祈りをして、そのあとご飯を食べた。
まず驚いたのがお祈りにかかった時間。なんと15分くらいかかった。
2人で掛け合いみたいにお祈りをする。最初prayと聞いていたから、食前のお祈りかと思ったら、いつまで経ってもおわらない。
しかも最初1人でお祈りをしていたのに気が付いたら2人の掛け合いお祈りになっていた。
何を言ってるか一生懸命聞こうとしたけど、小さな声なうえに距離が少しあって残念ながら聞くことはできなかった。
そしてさらに驚いたのが、亡くなって2年経つのに旦那の骨を今でも箱に入れて持っていたこと。いつかはお墓に入れるようなことを言っていたけど、「いつお墓に入れるの?」という質問に「I don't know」と答えていた。
2年経ってもまだ手元に骨を置いている奥さんの旦那にたいする気持ちが、日本ではあまり経験したことのない気持ちだったから新鮮だった。
そこで聞いたんだけど、とある人は旦那の骨を小さな袋に入れてずっと持ち歩いているらしい。
僕の勝手な思いこみかもしれないけど、日本の夫婦とかカップルのだいたいが年を重ねるごとに、気持ちが薄れていくように思える。
お互いを蔑んで「子供がいるから離婚できない」とか「洗濯するときは別々にやる」とか、「旦那が退職したら離婚する」とか、そう言うのが日常的の行われていると思うとなんか悲しい気持ちになる。
これらは旦那が悪いとか奥さんが悪いんじゃなく、ある意味両方が悪いんだと思う。旦那は「仕事が忙しい」と言って家庭のことに無関心だったり、奥さんは奥さんで「お父さんのようになっちゃダメよ」とか言ってみたりする、そんなのがいけないんじゃないかな。
僕はこっちに来てたくさんの夫婦を見ていないけど、少なくともお互いを愛していると感じることが多い。
日本と欧米ヨーロッパの愛情表現の仕方の違いなのかもしれないけど。日本は自分が相手のことを愛していても、人前ではオモテに出さなかったりする。おじいちゃんおばあちゃんの世代だと人前で手を繋いで歩くのだってタブーだからね。文化の違いなのかもしれない。
もし自分が結婚をして年を取ったら、どういう風になるんだろう?なんて考えてしまった。まぁ、その前に彼女作れって話なんだけど…。
「夫婦愛」ってタイトルはイマイチしっくりこないんだけど、なんかまぁ、そんなんで。
HostMotherの友達の旦那が2年前に亡くなって、そのanniversaryだったようだ。だから、最初ある程度人が集まったあとでお祈りをして、そのあとご飯を食べた。
まず驚いたのがお祈りにかかった時間。なんと15分くらいかかった。
2人で掛け合いみたいにお祈りをする。最初prayと聞いていたから、食前のお祈りかと思ったら、いつまで経ってもおわらない。
しかも最初1人でお祈りをしていたのに気が付いたら2人の掛け合いお祈りになっていた。
何を言ってるか一生懸命聞こうとしたけど、小さな声なうえに距離が少しあって残念ながら聞くことはできなかった。
そしてさらに驚いたのが、亡くなって2年経つのに旦那の骨を今でも箱に入れて持っていたこと。いつかはお墓に入れるようなことを言っていたけど、「いつお墓に入れるの?」という質問に「I don't know」と答えていた。
2年経ってもまだ手元に骨を置いている奥さんの旦那にたいする気持ちが、日本ではあまり経験したことのない気持ちだったから新鮮だった。
そこで聞いたんだけど、とある人は旦那の骨を小さな袋に入れてずっと持ち歩いているらしい。
僕の勝手な思いこみかもしれないけど、日本の夫婦とかカップルのだいたいが年を重ねるごとに、気持ちが薄れていくように思える。
お互いを蔑んで「子供がいるから離婚できない」とか「洗濯するときは別々にやる」とか、「旦那が退職したら離婚する」とか、そう言うのが日常的の行われていると思うとなんか悲しい気持ちになる。
これらは旦那が悪いとか奥さんが悪いんじゃなく、ある意味両方が悪いんだと思う。旦那は「仕事が忙しい」と言って家庭のことに無関心だったり、奥さんは奥さんで「お父さんのようになっちゃダメよ」とか言ってみたりする、そんなのがいけないんじゃないかな。
僕はこっちに来てたくさんの夫婦を見ていないけど、少なくともお互いを愛していると感じることが多い。
日本と欧米ヨーロッパの愛情表現の仕方の違いなのかもしれないけど。日本は自分が相手のことを愛していても、人前ではオモテに出さなかったりする。おじいちゃんおばあちゃんの世代だと人前で手を繋いで歩くのだってタブーだからね。文化の違いなのかもしれない。
もし自分が結婚をして年を取ったら、どういう風になるんだろう?なんて考えてしまった。まぁ、その前に彼女作れって話なんだけど…。
「夫婦愛」ってタイトルはイマイチしっくりこないんだけど、なんかまぁ、そんなんで。
昨日、授業の一環で小学校へ行って来た。
目的は小学校で自分の国の文化を子供たちに教えてあげること。中国人の友だちは中国について、そして僕たち日本人3人は日本の文化を教えた。
最初に連れて行かれた教室では習字と折り紙。
僕たち日本人はそれぞれ別のテーブルについて、各々が6人くらいの子供たちを教えた。
僕が最初にやったのは習字。子供たちの名前を聞いて、それをカタカナにしてあげる。ただそれだけなんだけど思ったより大変だった。
何が大変かというと彼らの言っている言葉を聞き取れないことがあった。その都度聞き返すんだけど今ひとつピンと来る答えが返ってこない。向こうもこっちがどうして聞き取れていないのか理解できていないのかもしれない。大人なら違う言い方にしたり、もう少しハッキリ言ってくれたりするんだけど、子供は同じ事を繰り返すだけだったりする。T
それでも、教えてあげると「cool!」と嬉しそうに自分の名前を筆で書いていたり、「私のお母さんは○○って言うんだけど、どうやって書くの?」と聞いてきたり、何枚もの紙に自分の名前を書いて「これはお母さんに。これはお父さんに。」とプレゼントを作っていたりしたのを見ると、そんな聞き取れない事なんてどうでも良くなってしまうほど嬉しかった。
次は折り紙。コレがまた大変。
鶴の折り方を図解を交えながら説明するんだけど、「ここを折る」とか「ここを内側に折る※下記参照」という説明ができない。さらに、彼らには「紙を折って何かを作る」という文化がないから、折り方を見せて教えてあげても「I can't」と諦めてしまったり、頑張ってできてもグシャグシャになってしまったりする。
※内側に折るっていうのは、鶴を折るとき顔を作る際、内側に折って角度を付ける時に折る折り方。
そして次の教室では25人くらいの生徒を前に質疑応答。
そのクラスの先生が仕切ってくれるから変な質問はこないんだけど、それでも大変だった。質問はこんな感じ
「日本の学校はどのくらい生徒がいるの?」
「学校のお昼はみんな同じご飯を食べるの?」
「学校のHolidayはどのくらいあるの?」
「着物はいつ着るの?」
「どんなキャンディーが好き?」
「ご飯を食べる前になんか言うんでしょ?」
そんなのが20分か30分続いた。最後は収集が付かなくなって強制的に終了になった。部屋を出ようとしても何人かが追いかけてきて質問をしてくれた。
学校終わったあと、日本の小学校との違いを話したんだけど何だか何から何まで違う印象を受けた。
たとえば。
教室の作りが違う。彼らは個人の机は持っていなくて大きなテーブルに数人が座る。そして、作業をしないときはみんな先生を囲むように床に座る。
そして、みんながみんな発言をしたくてしょうがない。質問タイムの時、全体の8割くらいの人が「僕を(私を)あてて!」と先生を見つめながら手を挙げていた。すごく積極的。
あと、学校に歯医者さんが定期的に来て無料で治療をしてくれるらしい。僕が学校に行ったときは歯医者はいなかったけど、そう説明してくれた。
初めての経験でかなり戸惑ったけど、すごく面白かった。良い経験になった。子供たちはけっこうnaughtyだけど、すごく可愛かったし機会があったらまたやってみたいと思った。
そして、この授業をアレンジしてくれた学校のカウンセラーさんに感謝したい。
目的は小学校で自分の国の文化を子供たちに教えてあげること。中国人の友だちは中国について、そして僕たち日本人3人は日本の文化を教えた。
最初に連れて行かれた教室では習字と折り紙。
僕たち日本人はそれぞれ別のテーブルについて、各々が6人くらいの子供たちを教えた。
僕が最初にやったのは習字。子供たちの名前を聞いて、それをカタカナにしてあげる。ただそれだけなんだけど思ったより大変だった。
何が大変かというと彼らの言っている言葉を聞き取れないことがあった。その都度聞き返すんだけど今ひとつピンと来る答えが返ってこない。向こうもこっちがどうして聞き取れていないのか理解できていないのかもしれない。大人なら違う言い方にしたり、もう少しハッキリ言ってくれたりするんだけど、子供は同じ事を繰り返すだけだったりする。T
それでも、教えてあげると「cool!」と嬉しそうに自分の名前を筆で書いていたり、「私のお母さんは○○って言うんだけど、どうやって書くの?」と聞いてきたり、何枚もの紙に自分の名前を書いて「これはお母さんに。これはお父さんに。」とプレゼントを作っていたりしたのを見ると、そんな聞き取れない事なんてどうでも良くなってしまうほど嬉しかった。
次は折り紙。コレがまた大変。
鶴の折り方を図解を交えながら説明するんだけど、「ここを折る」とか「ここを内側に折る※下記参照」という説明ができない。さらに、彼らには「紙を折って何かを作る」という文化がないから、折り方を見せて教えてあげても「I can't」と諦めてしまったり、頑張ってできてもグシャグシャになってしまったりする。
※内側に折るっていうのは、鶴を折るとき顔を作る際、内側に折って角度を付ける時に折る折り方。
そして次の教室では25人くらいの生徒を前に質疑応答。
そのクラスの先生が仕切ってくれるから変な質問はこないんだけど、それでも大変だった。質問はこんな感じ
「日本の学校はどのくらい生徒がいるの?」
「学校のお昼はみんな同じご飯を食べるの?」
「学校のHolidayはどのくらいあるの?」
「着物はいつ着るの?」
「どんなキャンディーが好き?」
「ご飯を食べる前になんか言うんでしょ?」
そんなのが20分か30分続いた。最後は収集が付かなくなって強制的に終了になった。部屋を出ようとしても何人かが追いかけてきて質問をしてくれた。
学校終わったあと、日本の小学校との違いを話したんだけど何だか何から何まで違う印象を受けた。
たとえば。
教室の作りが違う。彼らは個人の机は持っていなくて大きなテーブルに数人が座る。そして、作業をしないときはみんな先生を囲むように床に座る。
そして、みんながみんな発言をしたくてしょうがない。質問タイムの時、全体の8割くらいの人が「僕を(私を)あてて!」と先生を見つめながら手を挙げていた。すごく積極的。
あと、学校に歯医者さんが定期的に来て無料で治療をしてくれるらしい。僕が学校に行ったときは歯医者はいなかったけど、そう説明してくれた。
初めての経験でかなり戸惑ったけど、すごく面白かった。良い経験になった。子供たちはけっこうnaughtyだけど、すごく可愛かったし機会があったらまたやってみたいと思った。
そして、この授業をアレンジしてくれた学校のカウンセラーさんに感謝したい。
2005年08月16日
今、1つのことでどうしようか迷っている。それはもう一つのブログでは少し書いたんだけど、学校が終わってからの身の振り方について。
気持ちの中には大きく分けて2つの選択肢がある。
(1) Rotoruaにこのまま滞在する
(2) ChristChurchへ行ってそこで滞在する
前にもブログで書いたけど、僕はもともとChristchurchへ行くつもりでいた。でも結果的にRotoruaに滞在することになった。それ自体は後悔していない。Rotoruaはすごく良いところだし、たくさんの良い人たちに出会うことができた。
ただ逆を言ってしまえば、たくさんの良い人たちに出会うことができたからこそ滞在地で迷っている。ここに滞在すると決めてしまえば、彼らとこれからも仲良くしていくことができる。
もちろんChristChurchに行くことで彼らとの縁が切れてしまうわけではないことくらい十分わかっている。
でも、「別の場所へ行く」と決めると彼らとの繋がりは切れないにしても、違う形になってしまう。
今すぐ答えを出さなければいけない問題じゃない。
それに今までだって答えを出さなければいけないとき、何か強い力に引かれて(惹かれて?)いろんな事を選択してきたから、今回もその強い力に引かれるかもしれない。
でも、それは何も迷わなずに得た答えじゃなくて迷った末に、ある時フッと「あ、これだ」と答えを見つけたわけだから、迷わずに答えが出るわけじゃない。
時間はあるようでない。答えを出して行動に移す頃には3ヶ月が経ってしまっている。ワーキングホリデーの限られた期間の1/4を消化したことになっている。
「まだ9ヶ月もある」じゃない。きっと「もう9ヶ月しか残されていない」なんだ。
ボチボチ考えるか。
How should I do? Where should I go?
気持ちの中には大きく分けて2つの選択肢がある。
(1) Rotoruaにこのまま滞在する
(2) ChristChurchへ行ってそこで滞在する
前にもブログで書いたけど、僕はもともとChristchurchへ行くつもりでいた。でも結果的にRotoruaに滞在することになった。それ自体は後悔していない。Rotoruaはすごく良いところだし、たくさんの良い人たちに出会うことができた。
ただ逆を言ってしまえば、たくさんの良い人たちに出会うことができたからこそ滞在地で迷っている。ここに滞在すると決めてしまえば、彼らとこれからも仲良くしていくことができる。
もちろんChristChurchに行くことで彼らとの縁が切れてしまうわけではないことくらい十分わかっている。
でも、「別の場所へ行く」と決めると彼らとの繋がりは切れないにしても、違う形になってしまう。
今すぐ答えを出さなければいけない問題じゃない。
それに今までだって答えを出さなければいけないとき、何か強い力に引かれて(惹かれて?)いろんな事を選択してきたから、今回もその強い力に引かれるかもしれない。
でも、それは何も迷わなずに得た答えじゃなくて迷った末に、ある時フッと「あ、これだ」と答えを見つけたわけだから、迷わずに答えが出るわけじゃない。
時間はあるようでない。答えを出して行動に移す頃には3ヶ月が経ってしまっている。ワーキングホリデーの限られた期間の1/4を消化したことになっている。
「まだ9ヶ月もある」じゃない。きっと「もう9ヶ月しか残されていない」なんだ。
ボチボチ考えるか。
How should I do? Where should I go?
2005年08月08日
僕のHomeStayは、前にも書いたけどHostMotherがフィリピン人、HostFatherがフィジーとかがある地域出身の人。
HostFatherの住んでいた地域の言語が何かはわからないけど、英語以外の言語も知っているらしい。でも、その言葉をしゃべっているのを聞いたことがない。ニュージーランドで言うマオリ語と同じで普段は使わないのかもしれないけど。
ところがHostMotherは、同じフィリピン人と話すときフィリピン語を話す。このフィリピン語の会話を聞いていると面白い。
何かフィリピン語でガーーーっと話していると途中で英語が混じってくる。
「§∀∂Å fifteen ∞∝≫≧< I bought ⌒∂∧> market ⊥≧∬∽@♯ because ⌒≦∫∴〒」と言った感じ。
HostFatherは当然フィリピン語を理解することができない。そう言うのってどういう気持ちなんだろう。フィリピン語の会話の中で自分の名前が出てくるとちょっと複雑な気持ちになったりしないのかな。
「なんで自分の名前が出てくるんだろう」とか思わないのかな。
これを悪用というか都合の良いように使うと旦那とか奥さんがいる目の前でその人に対して秘密にしておきたいことを言えちゃうって事なんだよね。それって不思議な感じ。
と、取り留めのないことを書いてみた。
HostFatherの住んでいた地域の言語が何かはわからないけど、英語以外の言語も知っているらしい。でも、その言葉をしゃべっているのを聞いたことがない。ニュージーランドで言うマオリ語と同じで普段は使わないのかもしれないけど。
ところがHostMotherは、同じフィリピン人と話すときフィリピン語を話す。このフィリピン語の会話を聞いていると面白い。
何かフィリピン語でガーーーっと話していると途中で英語が混じってくる。
「§∀∂Å fifteen ∞∝≫≧< I bought ⌒∂∧> market ⊥≧∬∽@♯ because ⌒≦∫∴〒」と言った感じ。
HostFatherは当然フィリピン語を理解することができない。そう言うのってどういう気持ちなんだろう。フィリピン語の会話の中で自分の名前が出てくるとちょっと複雑な気持ちになったりしないのかな。
「なんで自分の名前が出てくるんだろう」とか思わないのかな。
これを悪用というか都合の良いように使うと旦那とか奥さんがいる目の前でその人に対して秘密にしておきたいことを言えちゃうって事なんだよね。それって不思議な感じ。
と、取り留めのないことを書いてみた。
posted by わち at 12:43
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| NZ:ワーホリ生活 [1]
電子辞書に入っている「英会話とっさのひとこと辞典」を読んでいて、急に「この辞典大丈夫かな…」と思わせるような例文が入っていた。
英語だけを見ると普通(に見える。僕の英語力では)なんだけど、訳がちょっと。
英文:「Enough with your video games.」
和訳:「もうファミコンはやめなさい」
ファ、ファ、ファミコンって…。Family computerのファミコン。あの任天堂が作ったファミコンって。
そう思ってコピーライトを探してみたら1998年の辞典だった。7年前って事かな。
そのあと、さらに読み進めていくと、女の子をデートに誘うセリフとかもあったんだけどもうなんか「ファミコン」のイメージが強くて素直に読み進めることができなくなっていた。
だって、英語ではそれっぽく書いてあっても、それは古い言い方だったりするかもしれない。
たとえば、日本語で言うと
「この前、マブイ女の子と、ナウいサテンでお茶して、そのあと、ディスコでフィーバー(もしくはハッスル)したよ」とか、そんな古い言い回しでもイヤだからねぇ。
ちなみに「???」な人のために言葉の意味を書くと
マブイ…キレイとかオシャレとかそんなの。でも、これは古くからある言葉(眩い)
ナウイ…今っぽい。広辞苑で調べたら、例文で「ナウな生き方」とあった…
ディスコ…今で言うクラブ。昔だとジュリアナとかベルファーレがあった。行ったことないけど。
フィーバーとハッスル…大騒ぎとか
※リアルタイムでこれらの言葉を使ったことがないから、間違ってるかも…。
と、つまらないことでした。
英語だけを見ると普通(に見える。僕の英語力では)なんだけど、訳がちょっと。
英文:「Enough with your video games.」
和訳:「もうファミコンはやめなさい」
ファ、ファ、ファミコンって…。Family computerのファミコン。あの任天堂が作ったファミコンって。
そう思ってコピーライトを探してみたら1998年の辞典だった。7年前って事かな。
そのあと、さらに読み進めていくと、女の子をデートに誘うセリフとかもあったんだけどもうなんか「ファミコン」のイメージが強くて素直に読み進めることができなくなっていた。
だって、英語ではそれっぽく書いてあっても、それは古い言い方だったりするかもしれない。
たとえば、日本語で言うと
「この前、マブイ女の子と、ナウいサテンでお茶して、そのあと、ディスコでフィーバー(もしくはハッスル)したよ」とか、そんな古い言い回しでもイヤだからねぇ。
ちなみに「???」な人のために言葉の意味を書くと
マブイ…キレイとかオシャレとかそんなの。でも、これは古くからある言葉(眩い)
ナウイ…今っぽい。広辞苑で調べたら、例文で「ナウな生き方」とあった…
ディスコ…今で言うクラブ。昔だとジュリアナとかベルファーレがあった。行ったことないけど。
フィーバーとハッスル…大騒ぎとか
※リアルタイムでこれらの言葉を使ったことがないから、間違ってるかも…。
と、つまらないことでした。
posted by わち at 10:28
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| 英語の勉強
2005年08月04日
今この文章は夜中の3時に書いている。
少し前に一度目が覚めたら寝付けなくて、というか“あること”を考え始めたら眠れなくなってこの時間になってしまった。
その考えていた“あること”については機会があったら書きます。でも、今はそのときではないので、書かないことにします。
その“あること”を考えて、考えがグルグルと同じところを回っていたら、ある事を思い出した。それを思い出すことでグルグルと考えていたこともストップできたので、今の気持ちを忘れないためにわざわざ夜中にパソコンをベットにたぐり寄せて、これを書いている。
その思い出したことというのは、ココへ来た目的。
こっちへ来て1ヶ月。ホームシックにかかることも英語がわからなくて悩むこともなく、誰が見ても順調に今日まで来ていると思う。(自分で書くのも変だけど)
そして、英語はわからないことだらけで、ただ純粋に悩んでいないだけだけど。
逆にその順調さのせいで自分の目的を少し見失いかけていた気がする。
とある人が「順調すぎるから、敢えて厳しいことを言う」と前に言ってくれた。なんかその意味がやっとわかった気がする。
もちろん、今までもわかっていなかったわけじゃない。でも、今思うとちゃんとわかってはいなかったのかもしれない。
今回の主目的は、学生気分を味わうために来たんじゃない。
今回の主目的は、旅行ではない。
あくまでも“英語を勉強するために”ここへ来たんであって、遊ぶために来たわけじゃない。もちろん目的を忘れていたわけじゃないけど、毎日英語の中にいることで、英語を勉強すると言うことの意味が薄くなっていたような気がする。
空気みたいに毎日英語に触れているうちに、英語が空気=当たり前の存在になりすぎていた。いつかは当たり前の存在にならなければいけないんだけど、英語を十分身につけていない僕は、英語を当たり前の存在にしてはいけない気がした。
“あること”を書かないと主語のない文章みたいだけど、今の気持ちを素直に。
ここへ来た目的は英語を身につけること。
少し前に一度目が覚めたら寝付けなくて、というか“あること”を考え始めたら眠れなくなってこの時間になってしまった。
その考えていた“あること”については機会があったら書きます。でも、今はそのときではないので、書かないことにします。
その“あること”を考えて、考えがグルグルと同じところを回っていたら、ある事を思い出した。それを思い出すことでグルグルと考えていたこともストップできたので、今の気持ちを忘れないためにわざわざ夜中にパソコンをベットにたぐり寄せて、これを書いている。
その思い出したことというのは、ココへ来た目的。
こっちへ来て1ヶ月。ホームシックにかかることも英語がわからなくて悩むこともなく、誰が見ても順調に今日まで来ていると思う。(自分で書くのも変だけど)
そして、英語はわからないことだらけで、ただ純粋に悩んでいないだけだけど。
逆にその順調さのせいで自分の目的を少し見失いかけていた気がする。
とある人が「順調すぎるから、敢えて厳しいことを言う」と前に言ってくれた。なんかその意味がやっとわかった気がする。
もちろん、今までもわかっていなかったわけじゃない。でも、今思うとちゃんとわかってはいなかったのかもしれない。
今回の主目的は、学生気分を味わうために来たんじゃない。
今回の主目的は、旅行ではない。
あくまでも“英語を勉強するために”ここへ来たんであって、遊ぶために来たわけじゃない。もちろん目的を忘れていたわけじゃないけど、毎日英語の中にいることで、英語を勉強すると言うことの意味が薄くなっていたような気がする。
空気みたいに毎日英語に触れているうちに、英語が空気=当たり前の存在になりすぎていた。いつかは当たり前の存在にならなければいけないんだけど、英語を十分身につけていない僕は、英語を当たり前の存在にしてはいけない気がした。
“あること”を書かないと主語のない文章みたいだけど、今の気持ちを素直に。
ここへ来た目的は英語を身につけること。
2005年08月03日
こっちに来てから毎日日々のつぶやき -1-を書いている。
というか日本にいるときもここ数年毎日ではなくても日々のつぶやき -1-を書いていたけど、こっちに来てからは毎日書くようにしている。
そして時間があるときは、英語で。わからない単語とか表現の仕方もたくさんあるけど、そのときは辞書を使いながら。
あまり無理して英語を使って、日々のつぶやき -1-を書くこと自体イヤになっても本末転倒だから、「気が向いたら」のレベルだけど。
今日ある出来事がいつ起こったことだったか調べるために、日々のつぶやき -1-を読み返した。するとかなり面白かった。
出国前のちょっと不安な気持ちになってる自分や、学校初日、そしてクラスメートや先生の印象なんかが書いてある。気持ちの浮き沈みも見えてくる。
僕は今のところホームシックとかにはかかっていないけど、それでも日々のつぶやき -1-を読み返すと「あーこのあたり少し気持ちが落ちてるな」とか「疲れてるな」とかがわかる。
それに前に書いていた日々のつぶやき -1-はWebにあげていたから、自分のすべてを書くことができなかった。でも、今回はWebに載せるつもりもなく純粋な気持ちを書いているから、かなりストレートな自分の気持ちを書けている。
このブログを読んでくれている方々にオススメします。
ぜひこっちに来る前あたりから日々のつぶやき -1-を書きましょう!誰かにNZでの生活っぷりを見せるためではない自分だけの日々のつぶやき -1-を。
書くことが負担にならないように短くても良いから、毎日書くと後で読み返したときにすごく面白いです。
そして、英語で書くと自分のレベルアップぶりを感じることができます。僕の場合、まだ、そんなにレベルアップした感じはないけど、それでも少なくとも前より英語で書く量が増えました(気のせいかもしれないけど)
ワーキングホリデーでこっちに来て1年が経ったとき「何したか思い出せないけど、なんか楽しかった」じゃ時間とお金をゴミ箱に捨てるだけだと思うんです。
なので少しでも無駄にしないためにも日々のつぶやき -1-は良いと思います。
読み返せば初心も思い出すと思うし。
というか日本にいるときもここ数年毎日ではなくても日々のつぶやき -1-を書いていたけど、こっちに来てからは毎日書くようにしている。
そして時間があるときは、英語で。わからない単語とか表現の仕方もたくさんあるけど、そのときは辞書を使いながら。
あまり無理して英語を使って、日々のつぶやき -1-を書くこと自体イヤになっても本末転倒だから、「気が向いたら」のレベルだけど。
今日ある出来事がいつ起こったことだったか調べるために、日々のつぶやき -1-を読み返した。するとかなり面白かった。
出国前のちょっと不安な気持ちになってる自分や、学校初日、そしてクラスメートや先生の印象なんかが書いてある。気持ちの浮き沈みも見えてくる。
僕は今のところホームシックとかにはかかっていないけど、それでも日々のつぶやき -1-を読み返すと「あーこのあたり少し気持ちが落ちてるな」とか「疲れてるな」とかがわかる。
それに前に書いていた日々のつぶやき -1-はWebにあげていたから、自分のすべてを書くことができなかった。でも、今回はWebに載せるつもりもなく純粋な気持ちを書いているから、かなりストレートな自分の気持ちを書けている。
このブログを読んでくれている方々にオススメします。
ぜひこっちに来る前あたりから日々のつぶやき -1-を書きましょう!誰かにNZでの生活っぷりを見せるためではない自分だけの日々のつぶやき -1-を。
書くことが負担にならないように短くても良いから、毎日書くと後で読み返したときにすごく面白いです。
そして、英語で書くと自分のレベルアップぶりを感じることができます。僕の場合、まだ、そんなにレベルアップした感じはないけど、それでも少なくとも前より英語で書く量が増えました(気のせいかもしれないけど)
ワーキングホリデーでこっちに来て1年が経ったとき「何したか思い出せないけど、なんか楽しかった」じゃ時間とお金をゴミ箱に捨てるだけだと思うんです。
なので少しでも無駄にしないためにも日々のつぶやき -1-は良いと思います。
読み返せば初心も思い出すと思うし。
2005年08月01日
7月も今日で終わり。NZへ来てほぼ1ヶ月が経ってしまいました。
なんだかあっという間のような気がする。3ヶ月前から有給を消化しながら英会話に通ったり、本当にたくさんの人に壮行会を開いてもらったりして、7月1日からNZで生活をしている。
こっちに来て1ヶ月が経つけど未だに信じられないでいる。
時々、会社とか家とかの夢を見て、目が覚めたとき不思議な気持ちになる。ホームシックとかそう言うんじゃなくて純粋な違和感。
と、まぁそんなこんなで1ヶ月が経ちました。
今回は「1ヶ月の成果」を書いてみようと思います。
まず英語について。
カタコト状態は相変わらずだけど、前よりも少しは反応が早くなった気がする。前は英語で聞いた言葉を日本語にして、日本語で考えて英語で回答をしていたけど、その行程を必要とせずに返事をすることができることが多くなってきた。(ような気がする)
しゃべるよりも聞くことは前よりも負担がかからなくなった。ステイ先でも学校でも言ってることは割とすんなり理解できる。
テレビのニュースも前は何を言っているのか、さっぱりわからなかったのが、意味はわからないけど単語単語を拾うことができるようになってきた。理解にはほど遠いけど、少しは進歩したのかな。
この前も友だちたちと行ったワイナリーにあるレストランで、ピザ職人のおばちゃんと会話をしたくらい。片言だけど意志疎通はできるレベルになったかな。
それ以外は。
まずこっちにある銀行の口座を作った。そしてその口座に、日本で換金したNZ$と円建てで持っていったT/Cを入れた。
こっちでは、EFTOPS(スペル違うかも)という日本で言うデビットカードと同じシステムがある。これはほとんどどこのお店でも使えるから、今後買い物をするときは口座から直接引き落とせるようになった。お金を持ち歩かなくていいぶん安全性は高い。
それと学校の近くにある図書館のカードを作った。
このカードは通常、街に住んでいる人でないと作れないのを学校の人が便宜を図ってくれて作った。
そして、このカードがあると「住民無料」のパブリックな施設に住民と同じ無料ではいることができるらしい。まだ、実行はしていないけど。
そして、こっちへ来てアレコレ写真を撮っているんだけどその枚数が300枚を超えた。ダメダメ写真が多いけど、そのうち良い写真は壁紙として使えるようにして公開したいと思っている。
今週は新しい日本人の女の子の生徒がひとり増えた。
そして昨日(土曜日)は友だち5人でTaurangaという街へ。ワイナリーへ行ったり、Mongounuiという山を途中まで上ったりビーチを歩いたりした。
※写真をクリックすると大きいのが見られます。
なんか、こう書くと変だけど30才にもなって学生気分を毎日味わっている感じがする。平日は学校へ行って授業を受けて、休み時間はみんなで談笑をして、帰ったら宿題。そして土日は友だちたちと車で外出をして、時間があればビリヤードをしたり、山の上へ行って星を見たり。
1つ違うのはここが日本ではなく、ニュージーランドで使っている言語が日本語でないって事。そりゃ日本語も話しているけど。
と、そんな感じ。
なんだかあっという間のような気がする。3ヶ月前から有給を消化しながら英会話に通ったり、本当にたくさんの人に壮行会を開いてもらったりして、7月1日からNZで生活をしている。
こっちに来て1ヶ月が経つけど未だに信じられないでいる。
時々、会社とか家とかの夢を見て、目が覚めたとき不思議な気持ちになる。ホームシックとかそう言うんじゃなくて純粋な違和感。
と、まぁそんなこんなで1ヶ月が経ちました。
今回は「1ヶ月の成果」を書いてみようと思います。
まず英語について。
カタコト状態は相変わらずだけど、前よりも少しは反応が早くなった気がする。前は英語で聞いた言葉を日本語にして、日本語で考えて英語で回答をしていたけど、その行程を必要とせずに返事をすることができることが多くなってきた。(ような気がする)
しゃべるよりも聞くことは前よりも負担がかからなくなった。ステイ先でも学校でも言ってることは割とすんなり理解できる。
テレビのニュースも前は何を言っているのか、さっぱりわからなかったのが、意味はわからないけど単語単語を拾うことができるようになってきた。理解にはほど遠いけど、少しは進歩したのかな。
この前も友だちたちと行ったワイナリーにあるレストランで、ピザ職人のおばちゃんと会話をしたくらい。片言だけど意志疎通はできるレベルになったかな。
それ以外は。
まずこっちにある銀行の口座を作った。そしてその口座に、日本で換金したNZ$と円建てで持っていったT/Cを入れた。
こっちでは、EFTOPS(スペル違うかも)という日本で言うデビットカードと同じシステムがある。これはほとんどどこのお店でも使えるから、今後買い物をするときは口座から直接引き落とせるようになった。お金を持ち歩かなくていいぶん安全性は高い。
それと学校の近くにある図書館のカードを作った。
このカードは通常、街に住んでいる人でないと作れないのを学校の人が便宜を図ってくれて作った。
そして、このカードがあると「住民無料」のパブリックな施設に住民と同じ無料ではいることができるらしい。まだ、実行はしていないけど。
そして、こっちへ来てアレコレ写真を撮っているんだけどその枚数が300枚を超えた。ダメダメ写真が多いけど、そのうち良い写真は壁紙として使えるようにして公開したいと思っている。
今週は新しい日本人の女の子の生徒がひとり増えた。
※写真をクリックすると大きいのが見られます。
なんか、こう書くと変だけど30才にもなって学生気分を毎日味わっている感じがする。平日は学校へ行って授業を受けて、休み時間はみんなで談笑をして、帰ったら宿題。そして土日は友だちたちと車で外出をして、時間があればビリヤードをしたり、山の上へ行って星を見たり。
1つ違うのはここが日本ではなく、ニュージーランドで使っている言語が日本語でないって事。そりゃ日本語も話しているけど。
と、そんな感じ。


