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2005年11月30日
小学校でここ2週間くらいMaking Paperをしてました。そのあいだは通常、午前中だけ行く学校を午後も行って、紙漉き前日は前準備、そして当日は子供たちと紙漉きをやった。

全部で5クラス、生徒数で言うと150人弱の子供の紙を作っった。

あるクラスは和紙。このクラスは先生が日本人で一番やりやすかった。というか、ここでは主導権は先生で僕ともう1人の日本人の女の子は純粋なヘルパーだった。
そして、あるクラスは、新聞紙から作るリサイクルペーパー。ここからのクラスは和紙作りの功績を認められたのか、完全に僕たちが主導権を握って準備から実作業を行った。
さらに、あるクラスはフラックス(flax=亜麻)を使って紙を作った。あるクラスは卵入れから紙を作った。

子供たちは最初、紙にする直前の状態を見ると「yuck」と不快感を見せていたけど、実際に作り始めると「Fun!」とか「Cool!」とか言ってかなり楽しんで作ってくれていた。
そして、先生たちも知らなかったりして、僕たちの手が空くと「Can I make〜〜」と言って自分のをせっせと作ったりしていた。

その日本人の子と「「まさかNZに来て、紙の作り方を身につけるとは思わなかったねぇ。」と話をしていたくらい、意外なことを覚えた。たぶん今ならかなりいろんな素材で紙を作ることができると思う。コツは覚えたって感じ。

そして、その子と僕は「Mr. Making paper and Mrs Making paper」という変な名前で一時期呼ばれた。あとはchief paper makerとか。

前にも書いたけど、子供たちとも先生たちとも距離が近くなったような気がする。こんなに充実した日々を過ごせるとは思わなかった。

そして、その仕事の功績がさらに認められたのか、今年の卒業生に送るコメントビデオの撮影を僕とその日本人の女の子ヘルパーさんでやることになった。校長先生自ら来てオファーしてきた。

少し前まで正直な話、自分の仕事っぷりに自信を持てないでいた。
子供たちに教えると言うより教えてもらうことばかりで、先生たちの足を引っ張っているかな?とか。でも、そうやって重要な仕事を頼まれたことで自分たちの存在を認めてもらえたのかな?と思えた。
一番イヤだったのは僕たちが去ったあと、同じ意志を持つ人が学校へ尋ねたときに「前の子たちがイマイチ評判良くなかったから、そういうのはやめることにした」と言われたらどうしよう…と思っていた。でも、そんなこともなさそうで、それどころか評価してもらえてすごく嬉しかった。


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2005年11月29日
学校に男の先生(40才くらい)がいる。
ここニュージーランドの小学校では男の先生はあまり多くない。中学校・高校では男性の先生も多いみたいだけど、年が若くなるほどいなくなると聞いた。

その先生は今日初めて聞いたんだけど、先生になって2年しか経っていない。
そして、今週2年目を迎え、晴れて一人前の先生になることができるらしい。ニュージーランドでは大学を卒業して資格を取っただけでは一人前の先生にはなれない。もし、資格を取って数年仕事をしなければ資格は剥奪されてしまうらしい。
そして2年働くと晴れて永久資格みたいなモノをもらうことができる。

彼はその前はイギリスの警察で働いていたらしい。それが何でかニュージーランドの小学校で子供たちを教えている。
そのために大学にも行ってQualificationも取って今に至っている。ってことは35才くらいに道を変えたと言うこと。しかも、大学にも行って。

それを思うと今から何かを勉強して、道を開くことも夢じゃないって思えた。
具体的に何をするか、正直今は漠然としている。日本語教師、児童英語講師、ニュージーで先生、それらが全くの夢ではないってこと。

なんか目の前にたくさんの選択肢が提示されているなぁ。どれを選ぶのが一番良いんだろう。とりあえず、英語を勉強しなくてはいけないことばかりだから、英語の勉強をしながら考えよう。

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2005年11月26日
なんで海外にいるのか。

結果的に僕の中で意味を成してきたことを書いてみよう。

まず日本人以外の人たちと知り合えたことで日本では知り得ることのできない価値観とかモノの考え方を知ること、体験することができる。それって慣れないことだから時々ストレスフルだったりもする。
日本にいると日本人的な日本の社会に合った価値観とかモノの考え方をどうしてもしてしまう。

そして日本で働いていると、そのとき自分が乗っているレールからなかなか外れたことを考えることができない。自分の枠を外すことができずに、固定概念にとらわれた考え方をどうしてもしてしまう。なかなか新しいことを始めることができず、日々の仕事に追われる毎日を過ごすんだと思う。
そして、ある年齢になったら結婚して、子育てと仕事に追われ、気が付いたら定年を迎える。そして年を取ってから「あれをしたかった。これをしたかった」「あのとき、ああしていれば、あれができた」とか後悔ばかりするのかもしれない。

でも、ここにいるとそういうレールはなくなる。もちろん過去の経歴を消すことはできないから、もちろん縛りはある。それでも日本にいるときよりも柔軟に自分の未来を考えたり、自分のスキルを見つめ直すことができる。

そして、ここからは希望的観測。
一年海外で生活をすることは人生を大きく変える。自分もたくさんの経験をして、多くのことを身につける。具体的なスキルというよりモノの考え方、価値観という意味で。

海外に来て良かったとすごく思っている。
正直な話、日本にいる人たちの中には、自分がいったい何をしたいのかわからない人がたくさんいる。目標もなく日々仕事をしている人がたくさんいる。楽しみは土日の睡眠と飲み会あといくつかの趣味みたいな。
でも、こっちで出会う人たちはだいたい自分の中にしっかりとした考え・夢があってそれに向かって進んでいる。そして、それに刺激を受ける。それが楽しい。そして、自分の可能性みたいなものを考えることができる。


少し脱線。
正直今、ここでこうやって生活をしていて、さらにワーホリもう1カ国かな?とかアレコレ考えている反面、その先のことを考えると不安になることもある。
日本に帰っていったい自分に何ができるのか。そもそも日本で社会人として復帰できるのか不安にもなる。でも、今は考えてもしかたがないから考えないようにしている。それよりも今やるべきこと=英語の勉強をキチンとしたり、多くのことを吸収することに注力するべきだと思っている。


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今日は一日雨が降っている。
ニュージーランドに来て初めてかもしれない。一日室内にいるのって。いつも雨だろうが、なんだろうがどこかに出かけていた。

朝少しゆっくり起きて、パソコンをしたり映画を観たり、英語の勉強をしたりしていたら夕方になっていた。そして少し早めの晩ご飯を作って食べた。なんかすごくゆっくりのんびりした一日。

昨日、「Oyoの企み」のOyoさんとメッセンジャーで話をした。
その中で「なんで海外で生活をしているのか」みたいな話になった。僕もOyoさんも基本的に「英語を身につける」ためにこっちに来ている。だから、勉強をしなくちゃいけないし、英語を日常的に使う環境にいなくてはいけないと思っている。
でも、人によっては全然違う目的できている人がいる。それらを否定するつもりなんてさらさらない。それはその人たちの考え方だし、どっちが正しいとか間違っているとかそういう問題じゃない。

「楽しむために」でも良いと思う。でも、楽しむばかりで英語を身につけられないんだったら、別に海外に来なくても良かったんじゃない?と思ってしまう。沖縄でも北海道でも行けばいいと思う。
英語を身につける上で楽しいのは良いこと。でも、楽しむために英語の勉強を疎かにしちゃうのは本末転倒のような気がする。
まぁ、だからといって僕が毎日死にものぐるいで勉強してるかって言えばしてないな、アッハッハ、ハァ

やっぱり海外で生活するからには、ある程度英語を身につけて帰らないと、帰ってから友だちや家族に合わせる顔がないような気がするわけです。彼らが思っているよりも喋れるようになって驚かせるくらいの勢いがあった方が良いと思う。

書き出したら、もう一つ思いついたので連作にします。

と、そんな感じです。


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今日でNZに来て148日が経った。
本当は「150日経って自分がどう変わったか」を書こうと思っていたけど、ちょうど150日目に書く時間があるかわからないので、今日途中経過みたいなのを書いてみよう。

一番重要な英語について。
最初と比べたらだいぶマシになってると思う。
どうしてマシになったと思うか。それはこの前ホリデーで中国に帰国してしまった中国人の友だちが良い指標になったから。最初NZに来たとき、彼が言っている言葉を理解することができなかった。それでも学校でアレコレ話をしているうちに仲良くなって、いつからか一緒に遊びに行くようになった。
そしてある日(8月末かな)その友だちから電話がかかってきて、受け答えにかなり困った。というのも英語を使って電話をするってかなり高度な技なわけです。
それが今は電話で話をすることもできるし、2人で出かけてご飯を食べたり、あーでもないこーでもないと無駄話をすることもできるようになっている。

出国直前はTOEIC300点台前半(!)だった状態からを考えれば、英語は進歩してるかな。
今の英語のレベルは「海外旅行では困らない程度の英語」って感じかな。チケット買ったり道を聞いたり、料理の注文はできるレベル。早く「日常生活では困らない程度の英語レベル」と言ってみたい!

気のせいかもしれないけど、前よりも英語の勉強をしていてキチンと飲み込めるようになった気がする。前は学問として英語を覚えようとしていた気がする。でも、最近は生きた英語を身につけるために勉強をしているという感じがする。

そして身につければ身につけるほど、英語ってムズカシイと思う。でも、その反面、身につければ付けるほど、英語って面白いとも思う。
いろんな国の人がそれぞれ母国語を持っていながら、英語を使ってココでは話をしている。英語を身につければ、相当数の人たちと話をすることができるし、どこにだって行くことができる。それってすごいことだと思う。日本語だけしか話せないのと比べたら世界が10倍にも100倍にも広がると思ったら、楽しくてしかたがない。

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こっちに来て自分が変わったかどうかはよくわからない。
でも、たくさんの人と話をしたりいろんな人の生活を見たり、いろんなことを経験してきて、これからの自分についての考え方は大きく変わったかもしれない。もしあのまま日本にいたら、今の考え方にはなっていなかったと思う。
日本にいる人に今会ったら「変わったねぇ〜」と言われるのか「うわっ全然変わらないじゃん」って言われるのか、ちょっと楽しみだったりする。

幾つか考えていることがある。実現できるかできないかはわからない。それをするために調整しなくちゃいけないことも、いろいろあると思う。もちろんお金だったり、場合によってはその計画のために数人と話をしなくちゃいけない。
具体的な話は時期が来たら。今は計画以前の状態かな。


と、そんなところかな。


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2005年11月24日
今日はすごく嬉しいことがあった。

今週は午後も小学校へ行っていて、お昼休みは子供たちと校庭で遊んでいる。今日、校庭で男の子たちとボールで遊んでいたら、途中から最近妙に懐いてくれていた女の子(7才くらいかな)と前から知っている日本人の女の子(この子も7才くらいかな)が遊んでくれ!と言ってきた。

で、1人をおんぶ、1人を抱っこしてグルグル回ったりして遊んであげた。
ある程度遊んであげたら、授業が始まる鐘がなって彼女たちは教室に帰らなくちゃいけなくなった。で、僕は子供たちと教室に向かって歩き始めたら、その最近妙に懐いている子が手を繋いできた。まぁ、それだけなら普通なんだけど、僕はSpace 5という教室に行かなくちゃいけず、彼女はSpace 2の子供で自分の教室に戻らなければいけなかった。そうしたら、Space 2の方に強く手を引いて「Space 5に行っちゃダメ」と少し駄々をこねた。
でも、僕が「I have to go」と言ったら、女の子がギューってハグをして(小さい子だから太股のあたり)から教室に戻っていった。

なんかすごく嬉しかった。
やっぱり子供と接するのは楽しい。彼女たちの英語は聞き取れないけど、それでも十分楽しい。

今から日本でもNZでも大学へ行って資格を取ることは正直できない。年齢的にも資金的にも。でも、こういう子供たちと接して得られる喜びは、何ものにも代え難い喜び。日本にいるとき、仕事をしてこんな風に嬉しいと思ったことはない。

この前、日本に「児童英語教師」という仕事があるのを知った。
お国が認めた資格があるわけじゃないけど、だいたいTOEIC700、英検2級くらいあれば、その仕事に就けるらしい。子供と接しながら英語を使う仕事ができるという意味では、すごく魅力的。そして今の僕の小学校の経験を活かせる仕事でもあるから、良いかもしれない。


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2005年11月23日
人がいなくなるって寂しいなと思った。

中国人の友だちがホリデーで中国に帰っていった。3ヶ月のホリデーで帰ってくるのは来年の2月。僕はそのときRotoruaにいないと思う。いるかもしれないけど、確信は持てない。

彼は僕がニュージーランドに来たとき、すでにRotoruaに来て3ヶ月が経っていた。僕よりもずっと年下で、でも僕より100倍くらい英語ができた。今も僕より95倍くらい英語ができる。
最初、僕は彼がいったい何を言ってるかわからなかった。ちょっとクセのある英語をしゃべるって言うのもあるけど、僕自身の英語も不十分きわまりなかった。

でも、時間が経つに連れ彼が言う言葉を理解して、最後は毎週のように遊びに行くようになった。釣りに行ったり温泉に行ったり。

もし彼がいなかったら僕の英語はもっとダメだったと思う。彼が輪の中にいたから、僕は極力英語を使うようにした。彼がいるときは日本人にも英語で話をしていたし。それがあったから今の英語力なんだと思う。今だって不十分だけど、僕は彼にすごく感謝をしている。

正直すごく若くて子供で振り回されたり、ときどきイライラすることもあった。でもいなくなってみると、やっぱり残念な気がする。


そして、明後日友だちがバックパッカーを離れる。一緒にバッパーで生活をしたのなんて2週間とか3週間だし、一緒に遊んだわけでもないけど寂しい。


ワーキングホリデーって普段日本で暮らしているより出会いと別れがすごく多いと思う。それら1つ1つを大切にしながら、良い出会い(いろんな意味で)を大切にしたいと最近強く思う。


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2005年11月22日
バッパー生活を始めて20日弱が経った。

最初の頃は気が張っていたのかイマイチ寝付きが悪かったり、夜中に目が覚めたりしたけど今はだいぶ慣れたかな。最初の頃は「あそこ閉めたかな」とか布団に入ってから気になってチェックをしに見に行ったりしたけど今はあまりなくなった。

ホントいろんな人が来ていて面白い。
イギリス、カナダ、ドイツ、デンマーク、オランダ、イスラエル、南アフリカ?、韓国、台湾、フランスなどなどなど。それぞれ英語にアクセントがあって聞き取りにくいこともあるけど、日本人の僕だってJapanese Englishを話しているわけだから、それは仕方がないのかな?と思う。

この前いたオランダの人は株か何かで儲けている人らしく、今は世界一周旅行をしている最中だと言っていた。しかも、今回が初めてではなく、ほぼ1年中旅をしているといっていた。10ヶ月とか11ヶ月旅をして、残りの期間はオランダで過ごすという生活を何年も続けていると言っていた。60カ国以上行ったって言ってた。

バッパー生活を始めて思ったことは、西洋の人はキッチンをキレイに掃除できない人が多いなということ。僕は夜11時にキッチンを掃除しなくちゃいけないんだけど、とにかく汚い!
多いのは食べ終わった皿とかカップは片づけるけど、作ったときに使った皿を洗わない人が多い。日本人はきれい好きが多いって言うけど、それはあながち間違った考えじゃないのかもって最近思う。

仕事で僕が使う英語はそんなにない。ラウンジに最後までいる人に「この部屋を出るとき、電気を消してね」と言ったり、騒いでいる人に「すみませ〜ん、静かにしてください」と言うくらい。
一応、空き室状況を聞いてあるからオーナーたちが帰ったあとレセプション作業をすることがあるみたいだけど、今のところ夜8時以降お客さんが来たことがなく事なきを得ている。
でも、よく考えたらこっちに来たときは上で書いたような英語も喋れなかったわけだし、それを考えたら自分の英語も成長してるんだな〜と思える。


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20週目もおしまい。
20週っていまいちピンとこないけど、こっちに来てから日本では梅雨が明けて夏になって秋が来て冬を迎えようとしているって考えると、すごく長い期間なんだなぁ〜と思う。
こっちでは、これから本格的な夏を迎えようとしているのに、クリスマスに向けて家の飾り付けが始まったり、スーパーでクリスマスツリーを売り始めたり「夏のクリスマス」に向けた準備が着々と進んでいる。違和感満点のクリスマスを迎えるみたい。
20w-01.jpgバックパッカーのトイレに貼ってあるポスター。このポスター好きなんだよねぇ。








先週末くらいから「英語を頑張って勉強しよう」とまた思い始めた。
学校が終わって数週間、日常生活では英語ができないなりに死なない程度に生きていた。その「なんとかなる」が「英語を勉強しにNZへ来た」って言う気持ちを弱くしていたみたい。
でも、バックパッカーで生活を始めたら、いろんな人と話す機会が増えて、もっとその人たちと話をしたいと強く思うようになったのと、最近出会う日本人の人たちが明らかに自分より英語ができるのを見て、英語をチャンと身につけようと思ったみたい。
と、言うことで最近は夜の2時間くらいを英語の勉強時間にしている。

木曜日はいつもは午前中で終わる小学校を午後まで続けて、あるクラスで和紙作りの手伝いをした。そのクラスの先生は日本人でその先生のお手伝い。前日は紙の原料になる木の皮をふやかしてハンマーで叩いたり、その紙の繊維を浮かべるための水を作ったりして、当日は子供たちと一緒に和紙を漉いた。
20w-02.jpgまさかNZで和紙作りを体験するとは思わなかったけど、すごく面白かった。
そのがんばり(?)が認められたのか今週火水木金は午後も学校へ行って(普段は午前中だけ)他のクラスの紙作りを手伝うことになった。




そして同じバックパッカーに泊まっている日本人の女の子が木曜日から小学校へ一緒に行くことになった。なんでも、その子はNZに来て、小学校で働きたかったけど見つけられなかったらしく、結果的に僕が小学校を紹介する形になった。

金曜日は学校が終わったあと、Paradise Valleyへ外人の女の子2人(国籍不明)と日本人の女の子2人の計5人で行ってきた。なんかこう書いて思ったけど、今泊まっているバッパーの長期滞在者って女の人ばっかりだ。
ここはニュージーランドの自然を楽しみながら、動物を見て回るような場所。動物園ってほど動物はいないけど、ニュージーランドにいる動物をメインに幾つか見ることができる。
20w-03.jpgそして、なぜかココにはライオンがいて今はライオンの赤ちゃんを触ることができる。ライオンの赤ちゃんは中型犬くらいの大きさで、毛は少しゴワゴワ、肉球はプニプニだった。






今週はとにかく一週間、自分の英語力を考え直した週だったな、はい。

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2005年11月16日
先週更新したか良く覚えてない。ブログを見れば良いんだけど、常にオンラインってわけじゃないから、わざわざネット繋げるのも面倒なので、とりあえず今週あったことを書いてみよう。

まず今週からバックパッカーズ・ホステル(略してバッパー)のエクスチェンジワークが始まった。。※詳しくは「突然ですが」を読んでください。

バッパーではいろんな人と話ができるから面白い。
今は台湾の3人と特に仲が良くて、車で10分くらいのところにあるすごくキレイな湖へ連れて行ったり、夜はトランプをしたり、他愛のない話をしたりしている。彼らの方が明らかに英語力が高く、リードしてもらっている感じだけど、英語を話す機会は明らかに増えた。


こっちは日差しがすごく強くなってきている。手と顔はかなり焼けた。日差しがすごく強く日向にいるとすごく暑いのに、日陰に入ると寒い。湿度が高くないし気持ちの良い暑さ。だんだん夏が近づいてきている感じ。
それと陽がかなり長くなってきている。今の時期だと夜8時に夕焼けを見れる。真夏になると10時くらいに日が沈む。だから、だんだんご飯を食べる時間が遅くなってきた。やっぱり明るいうちは晩ご飯を食べる気になれない。

さて、ここ数日で撮った写真を。
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(左)車を走らせていて目にとまった風景。これぞNZって感じ?
(右)これも「これぞNZ!」って感じかな。この街から50分くらいのところにある地熱地帯

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(左)右上の写真の地熱地帯で乗れる船のドライバー。
(右)見たままだけど象。この前の土日にサーカスが来ていた。


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バッパーで生活を初めて2週間弱。
いろんな人と出会うことができた。そんなに深い話をするわけじゃないけど、それでもいろんな人と話をした。日本人とは、彼女たち(なぜか男の日本人は僕だけ)のワーホリ体験談を聞くことができた。

そして、今僕の中で1つの気持ちが形になり始めている。
ちなみに“恋”じゃないです。残念ながら。

それはニュージーランドのワーホリのあと、オーストラリアのワーホリビザを取って、そこに次は行こうかな?ということ。

前も(日本にいたときから)それは頭の中にあった。でも、今ひとつ現実味がなかった。
でも、学校を卒業してホームステイを出てわかったのは、普段の生活を送る分には仕事さえ選り好みせずに見つければ、自分の貯金をそんなに崩さずに生活できるってこと。
しかも今はバッパーでエクスチェンジをしているから、宿代がかからない。=今、働けばそのお金の大半を貯金にまわせるってこと?

正直な話。少し学校を卒業して目標を失っていた。
「初心にかえるぞ」でも書いたけど、英語を勉強することすら気持ちの中から少し薄らいでいた。でも、目標ができた。とりあえず次の国へ行くための準備をしよう。

この国でずっと生活をすることを目指して=ワークビザを取って生活をすることも魅力的だけど違う国へ行きたいっていう気持ちも強くある。オーストラリアなら30才のうちにビザを取って31才の間に旅立てばいい。行ける可能性高いな。
そして、オーストラリアへ行ってから日本、ニュージーランド、オーストラリアから何処に自分が腰を据えたいのか考えれば良いのかもしれない。

まだ思いつき段階だから、1ヶ月後2ヶ月後には変わっているかもしれない。
でも、目標ができると前に進む気持ちができて良い。


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学校を卒業して1ヶ月半。
このところ、ほとんど英語の勉強らしい勉強はしていなかった。
普段の生活で英語を使うけど、「勉強」というより「惰性」という感じ。

この前、ある日本人に会った。
その人は今、Rotoruaにある別の語学学校に行っている40代の男性。家族を日本に置いてこっちで生活するために今は英語の勉強をしているという。背負っているものが違うのか、彼から伝わってくる「英語をマスターするぞ」という気迫が違う。
しかも、彼は日常的に英語の勉強をするのはもちろん、学校以外に週に2回家庭教師もつけて勉強している。

彼に会って自分の中で弱くなっていた「英語を身につける」という意識を思い出した。
なんか今、英語ができないなりに死なないで生きていて、「なんとかなるんじゃない?」という気持ちが自然と芽生えていたみたいだ。
でも、僕は英語の勉強をするためにこっちに来たわけだし、英語の勉強を意識的にしなくちゃいけないわけです。

そう思って学校へ行っていたときに付けていた単語帳(?)を読み返してみたら、かなりの単語を忘れている…。いくつかの単語なんて書いたことすら覚えていない。「どちら様ですか?」って感じ…。
(どーでも良いけど「どちら様」って字にすると変)
使わない単語とか文法はドンドン忘れていくって言うけど、「書いたことすら覚えていない」ってどーなんでしょう。

ということで、初心にかえって英語の勉強をしてみようと思います。


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2005年11月10日
日本に帰ることになりました
っていうのはウソで。

突然ですが、昨日からバッパーでエクスチェンジをすることになりました。
おとといの夜、前にエクスチェンジをしていた韓国人の人に「やってみない?」と声がかかって、次の日にオーナーからもやってみない?と言われた。

オーナーはエクスチェンジの仕事をさせるのは日本人か、よほど信用できる別の国の人だけらしく、たまたま居合わせた僕がエクスチェンジをすることになりました。

仕事の内容は夜8時から朝の8時までバッパーにいなきゃいけないのと、夜11時に鍵を閉めたりキッチンを夜、用事したりするくらい。あとは家事のとき人を非難させたり、テレビがあるラウンジで流すDVDを貸し出したりするくらい。
11時以降は寝ちゃって良いみたいだし。

条件はシングルルームに泊まれて宿泊費はタダ。それと週に80ドル(かな?)お金をもらえる。ってことは質素に生活をしていればお金が減ることはない!ってこと。

近いうちに、エクスチェンジワークについてまた書きます!


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2005年11月07日
こっちに来て18週目。
先週今週はわりとバタバタしていたかな。

ついにホームステイを出て今はバックパッカーで生活をしている。
バックパッカーって言うのは一種の宿。部屋にはシングル、ツイン、ダブル、ドミトリーとある。ドミトリーは相部屋。僕が泊まっているのはドミトリーで6人部屋に今、長期滞在者が3人と僕とあと空きベッドが2つある状態になっている。
もともとこのバックパッカーは日本人の友だちが5ヶ月か6ヶ月住んでいたところで存在を知っていた。すごく治安(?)も良くみんな楽しく暮らしている。
ちなみに宿代は週100ドル=8000円。自分で洗濯したり料理を作ったりしなくちゃいけないけど、それはそれで楽しい。

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(左)インターネットができるパソコンが置いてある部屋。写真右下の椅子によく座って本を読んだり自分のパソコンをいじったりしている。
(右)テレビのある部屋。夜はここでたくさんの人が映画を観ている。

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(左)キッチン。かなり広いスペースでいつも清潔な状態が保たれている
(右)同じくキッチン。棚に自分たちの調味料とか米、パンをビニール袋に入れて保管する。

バックパッカーで生活をしながら、Flat探しもしている。
ネットワークの広い友だちに探してもらったり、自分で求人を見て電話をして家に行ってみたり。今のところ良い家は見つけられていない。というかバックパッカーの生活が思ったより面白くて、よほど良い家を見つけないとバックパッカーで生活を続けてしまいそう。

そう、この前バックパッカーのラウンジで何人かの人と話をしていると、1人の人が「これからコンサートに行くんだけど来ない?」と言ってきた。夜11時からスタートするコンサートでちょっと「え…」とか思ったけどなかなか経験できることじゃないしついていった。
メンバーは台湾人の女の子と白人(マオリ語でPakehaっていう)の女の子3人で行ってきた。行った場所は町の中心部にあるBAR。音楽はひたすら怒鳴っているだけで全然よくなかった。それでも海外のBARへ行けたのは良い経験だった。
音楽に合わせてひたすら頭を振っていた人がいて、一緒に行った人曰くお薬をいただいてるらしかった。ん〜〜。

そして昨日は一年で一日だけニュージーランドで花火ができる日「Guy fawks day(綴り不確か)」だった。こっちでは基本的に364日花火をしてはいけない。
でも、この日の10日くらい前からスーパーで花火を売ることができ、そして11月5日だけ花火をすることができる。もちろん待ちきれない人が昨日を待てずに花火をしていたけど。

お山の上にある家に行って、町中で打ち上がる花火を昨日は見た。市販の花火だから、そんなに大きくはないけど、それでも町中で打ち上がる花火を上から見るって言うのはすごく良いものだった。
そして自分たちも花火をやった。
こっちの人は花火をしなれていないのか、それとも周りに燃えるものが多いのか、お山の上から街を見ているとあちこちで火事が起こっていた。遠くで家(だと思う)がボーボー燃えていて、少し経つとFire engineが駆けつけて消火活動をする様を幾つか見た。


そろそろ小学校以外の仕事も探さないといけないなと思い始めている。
お金は目減りしていくばかりだし、小学校が終わったあとすることがないから暇で。ホテルで部屋を綺麗にする仕事でも厨房で皿を洗う仕事でも良いから、やろうかな?と思っている。
でも、小学校が午前中あるから午後の仕事を探さないといけない。何をしよう。

最近撮った写真を幾つか。
18w-05.jpg18w-06.jpg
(左)Rainbow Springsへ再度行った。水の中にいる魚はマス(Trout)
(右)ガラス越しに撮ったらちょっと不思議な写真に。

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(左)Hamurana Springsへ。ここは小雪(女優)が出てるCMや、山瀬まみ(?)が河童の格好をして川の中で歌を歌っているCMのロケ地として有名な場所。
(右)とにかくすごく水がキレイ。どうして日本の川があんなに汚いのか、逆になんでここの川はこんなにキレイなのか不思議。


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ホームステイ出ました。
「世界うるるん紀行」みたいな涙の別れを迎えるかと思いきや、意外とドライだった。「いつでも来ていいし、パーティーがあったら呼ぶから来てね」と言ってくれた。ホストファーザーとは時間が合わず挨拶をすることができなかった。

日本語だとなかなか言えないけど、英語だと「I'll miss you」と素直に言えた。実際ホームステイを離れることで寂しくなると思う。彼らにはすごく感謝している。今週だけ一緒にホームステイした中国人の仲の良い友だち曰く、うちのホームステイのご飯はかなり良いらしい。酷いところだとカップラーメンみたいなのを出すところもあると聞いた。
食事も良くしてくれたし、いろいろ話をしてくれたし、僕の非力な英語を辛抱強く聞いてくれたし。

それでも前に書いたけどホームステイを出たかった。

で、今日フラット探しをした。
スーパーのInfomation boardにある張り紙を見て数カ所に電話もして、実際家にも行ってみた。
僕が今日行ったのは2カ所。

1つはホームステイ先から歩いて10分くらいのところにある家で、行ってみたらホームステイと変わらないような家だった。少し年を取った女の人と旦那さん(会ってない)がいる家。家は比較的キレイだった。悪くはないけどホームステイと変わらないんだったら、住んでもしょうがないかな?と思った。ここは来週頭に向こうから電話が来ることになっている。

もう1つもホームステイと変わらない家だった。ここは子供が一人と大きな犬が2匹、それと猫が2匹いる家。これだけ書くと響きは良いけど、家の場所が治安の良くない場所な上に、家の中がものすごく汚かった。ここはナシ。

でも、よく考えてみるとホームステイとフラットをシェアするのってどう違うんだろう?
もちろん料金は違う。ホームステイだと料理を作ってくれるし、洗濯もしてくれる(ことが多い)、いろいろ面倒をみてくれる。じゃあ、フラットをシェアするってホームステイ−食事−洗濯−もろもろってこと?ん〜〜〜なんかピンと来ない。

Aucklandと比べてRotoruaはFlat探しで苦労をする。
情報を入手できる場所といえば、スーパーにあるInformation Boardか、新聞かRotoruaにある専門学校くらいのもの。しかも、同じ人が各地で貼っていて数カ所巡ってもそんなにたくさんの情報を得ることはできない。


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ホームステイを出るために荷造りを少しした。
これから当分着ない冬服を1つの箱に入れて、細々したモノをまた別の箱に詰め込んだ。

荷物は思ったよりも増えていなかった。
増えたモノと言えば、
・学校で使ったプリントの一部
・各地でもらった観光ガイド
・出国する前に自分で送った荷物
・釣り竿
・靴
そのくらいかな。

とりあえず学校で使ったプリントと観光ガイドは機会があれば家に送っちゃおうと思う。今は必要ないから、あっても荷物になるだけだし、帰るときにまとめて送ると大荷物になっちゃうから。
迷っているのはコート。かなり場所を取ってこっちに来るときも、かなり荷造りで手こずったのにNZに来て一度も着ていない。しかも来年の冬まで着る予定がない。送ろうか持っていようか迷うところ。

ホームステイを出ると荷物が増えるんだろうな。シャンプーとか買わなきゃいけないし、細々したモノが増えそう。できるだけ買わないようにしなきゃ。