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2007年07月09日
土曜日にニュージーランドでホームステイしていた家に手紙を書いた。
前にもここで書いたかもしれないけど、彼らはパソコンがなくメールでのやりとりはできない。しかも、電話だと通話料気にしなくちゃいけないし、Skypeでは音が悪くて聞き取りにくいから、疎遠になりがちになってしまう。というかうちには家の電話がない。
前回手紙を出したのはカナダについて少し落ち着いたころかな?どこかから送った気がする。
そして最後に電話をしたのは3月の半ばだった気がする。
それからカンクンで事件が起こったり、日本で生活を始めたりと彼らにも報告しなくちゃいけないことがあって重い腰をあげて手紙を書いたわけです。それとここ1年間の写真を10枚ほど同封した。
届くのは4〜5日後なのかな。
カナダにいるとき「住所を教えてくれれば手紙書くからね」と言ってくれていたけど、一時的な住所だし、教えていなかった。でも、今回は今の場所に少し落ち着くつもりだし、こっちの住所付きで送ったから、そのうち返事が来るのかな?楽しみ。
彼らは自分にとって第2のふるさとに住んでいる第2の親、というか年齢的にはおじいちゃん、おばあちゃんみたいなもの。彼らがいてくれたおかげでいろいろ楽しい思いをすることができたわけだし、いろいろ時期をみて手紙を書いていこうと思う。
そう考えると、手紙でこうやってコミュニケーションを取るのって悪くないかもしれない。
メールとかskypeとかmixiみたいにすぐに相手の反応が返ってくるわけじゃないのが、逆に良いような気がする。相手のことを思って手紙を書いて、写真を選んで郵便局へ行って投函する。そういう一つ一つのステップを大切にすることって最近なくなったから。
でも、やっぱりメールとかSkypeの方が楽だから、次から誰かにいろいろ送ったりはしないんだろうけどね。
便せんはまだあるし、ポーランド、スイス、ブラジル、メキシコあたりの友だちに手紙でも送ってみようかな。絵柄が夏仕様だし早めに送らなくちゃ。英語で手紙ってすごくパワーがいるからなかなか書こうって気にならないんだよなぁ。
前にもここで書いたかもしれないけど、彼らはパソコンがなくメールでのやりとりはできない。しかも、電話だと通話料気にしなくちゃいけないし、Skypeでは音が悪くて聞き取りにくいから、疎遠になりがちになってしまう。というかうちには家の電話がない。
前回手紙を出したのはカナダについて少し落ち着いたころかな?どこかから送った気がする。
そして最後に電話をしたのは3月の半ばだった気がする。
それからカンクンで事件が起こったり、日本で生活を始めたりと彼らにも報告しなくちゃいけないことがあって重い腰をあげて手紙を書いたわけです。それとここ1年間の写真を10枚ほど同封した。
届くのは4〜5日後なのかな。
カナダにいるとき「住所を教えてくれれば手紙書くからね」と言ってくれていたけど、一時的な住所だし、教えていなかった。でも、今回は今の場所に少し落ち着くつもりだし、こっちの住所付きで送ったから、そのうち返事が来るのかな?楽しみ。
彼らは自分にとって第2のふるさとに住んでいる第2の親、というか年齢的にはおじいちゃん、おばあちゃんみたいなもの。彼らがいてくれたおかげでいろいろ楽しい思いをすることができたわけだし、いろいろ時期をみて手紙を書いていこうと思う。
そう考えると、手紙でこうやってコミュニケーションを取るのって悪くないかもしれない。
メールとかskypeとかmixiみたいにすぐに相手の反応が返ってくるわけじゃないのが、逆に良いような気がする。相手のことを思って手紙を書いて、写真を選んで郵便局へ行って投函する。そういう一つ一つのステップを大切にすることって最近なくなったから。
でも、やっぱりメールとかSkypeの方が楽だから、次から誰かにいろいろ送ったりはしないんだろうけどね。
便せんはまだあるし、ポーランド、スイス、ブラジル、メキシコあたりの友だちに手紙でも送ってみようかな。絵柄が夏仕様だし早めに送らなくちゃ。英語で手紙ってすごくパワーがいるからなかなか書こうって気にならないんだよなぁ。
2007年06月27日
カナダで一番お世話になったと言っても過言ではない人と言えばMartin。僕が10ヶ月生活したバッパーのオーナー。ついこの前、と言っても5月の初旬に日本へパートナーと遊びに来ていた。
彼はいろんな意味でかなり緩い。こっちが心配するくらい楽天的というか無計画というか、とにかく自由奔放に生きている。日本に来ていた10日間も僕たちと入れ替わりで働き始めたまだ右も左もわからないスタッフを残して日本にいた。しかも、そのあいだバッパーは改装工事をしていて、ふつうに日本人が考えたら「絶対に工事に立ち会ってないとダメでしょ」という状況だった。
そのMartinは前にも少し書いたけどゲイ。僕は今までゲイに対してあまり良い印象を持っていなかった。でも、彼らに会って、あと彼らの友だちにも会って印象が大きく変わった。そして、MartinもMaximも過去に女性と付き合っていたことがあったり、結婚していたことがあったりするという何とも、不思議な過去を持っている。純粋なゲイではないってことなのか、それとも「男は女の子と付き合う」というのが当たり前だと思って女性と付き合ったのかはわからないけど。
なんかそういう彼らと10ヶ月仕事をしたり、パーティーをしたりしていたら、今までいろいろ「これはこうじゃなきゃだめ」という固定概念がバカらしく思えるようになってきた。もちろんだからってゲイになるって話じゃもちろんなくて。
こっちがあれこれ考えても彼らは悩みもせずに「じゃあ、こうしたら?」と案を出してくる。それでこっちが「でも、こうでこうで」と説明すると軽く「そんなのたいしたことじゃないよ」とか「気にする必要なんてないよ」と言う。
きっと何でもありなんだろうなと思えてきた。世の中に「こうじゃないきゃいけない」なんてことはなくて、何かしたいことがあれば、それが誰かに迷惑をかけることでなければ、やってみたら良いんだって思うようになった。
この前も彼女と話をしていて「もし日本語教師として行く国がアジア、中国とかベトナムとかだったらどうする?」と聞かれた。昔だったら「えーそんなのイヤだ」と言ってたと思う。旅で行くなら良いかもしれないけど、生活するのはイヤだって。でも、最近は行ったら行ったで何か変わるかもしれないし、新しい繋がりや道ができるんじゃない?と思えるようになってきた。もしかしたら面白いかもしれないって。自分で変な固定概念とか、偏見とかいろんな選択肢を狭めるようなことをしちゃいけないなと考えるようになった。
彼と出会わなければ、そういう考え方をすることはなかったかもしれない。そういう意味で彼には感謝しなくちゃいけないな。
彼はいろんな意味でかなり緩い。こっちが心配するくらい楽天的というか無計画というか、とにかく自由奔放に生きている。日本に来ていた10日間も僕たちと入れ替わりで働き始めたまだ右も左もわからないスタッフを残して日本にいた。しかも、そのあいだバッパーは改装工事をしていて、ふつうに日本人が考えたら「絶対に工事に立ち会ってないとダメでしょ」という状況だった。
そのMartinは前にも少し書いたけどゲイ。僕は今までゲイに対してあまり良い印象を持っていなかった。でも、彼らに会って、あと彼らの友だちにも会って印象が大きく変わった。そして、MartinもMaximも過去に女性と付き合っていたことがあったり、結婚していたことがあったりするという何とも、不思議な過去を持っている。純粋なゲイではないってことなのか、それとも「男は女の子と付き合う」というのが当たり前だと思って女性と付き合ったのかはわからないけど。
なんかそういう彼らと10ヶ月仕事をしたり、パーティーをしたりしていたら、今までいろいろ「これはこうじゃなきゃだめ」という固定概念がバカらしく思えるようになってきた。もちろんだからってゲイになるって話じゃもちろんなくて。
こっちがあれこれ考えても彼らは悩みもせずに「じゃあ、こうしたら?」と案を出してくる。それでこっちが「でも、こうでこうで」と説明すると軽く「そんなのたいしたことじゃないよ」とか「気にする必要なんてないよ」と言う。
きっと何でもありなんだろうなと思えてきた。世の中に「こうじゃないきゃいけない」なんてことはなくて、何かしたいことがあれば、それが誰かに迷惑をかけることでなければ、やってみたら良いんだって思うようになった。
この前も彼女と話をしていて「もし日本語教師として行く国がアジア、中国とかベトナムとかだったらどうする?」と聞かれた。昔だったら「えーそんなのイヤだ」と言ってたと思う。旅で行くなら良いかもしれないけど、生活するのはイヤだって。でも、最近は行ったら行ったで何か変わるかもしれないし、新しい繋がりや道ができるんじゃない?と思えるようになってきた。もしかしたら面白いかもしれないって。自分で変な固定概念とか、偏見とかいろんな選択肢を狭めるようなことをしちゃいけないなと考えるようになった。
彼と出会わなければ、そういう考え方をすることはなかったかもしれない。そういう意味で彼には感謝しなくちゃいけないな。


